夜12時を少し過ぎた頃、いつものように携帯電話が鳴った。「また切っちゃった…。でも大丈夫だよ…」大丈夫に聞こえないさゆりの声が電話口から聞こえてきた。「あたしなぁ、レイプされたんよ…。それから自分の価値とか感じられないようになってなぁ…。自分のこと大切にしなさいって色んな人に何度も言われたけど、こんな汚い自分のこと大切にって言われても、どうしたらいいのか分からんのよ」生気の抜けた声が泣き声に変わる。少したってまた 「ごめんね、大丈夫だよ…。明日も仕事がんばるよ…。」

貧困、レイプ、いじめ、家庭内暴力。自傷行為の裏にあるもの。それらは今まで聞いたことはあっても、実際に近くに感じたことのないものだった。 日本に存在する「恥の文化」が良い意味でも悪い意味でも、それらが表に出ることを防いできた。東京から1時間のところに貧困は存在し、借金取りが毎日やってくる生活があった。レイプは僕が卒業した大学内でも起きていた。深い心の傷は彼女らの自尊心を奪ってしまった。

うつやパニック障害のためまともに働くことができない状態に、自らの価値を認識できず、自分は役に立たない存在と思いこんでしまう。その結果の自傷行為。「価値がない(と思い込んでいる)自分」を傷つけることで、自らの存在を肯定しようとする。しかし、その傷を見ては「してはいけないことをしてしまった」と自己嫌悪に陥る悪循環。そんな出口の見えない世界で、 彼女たちが自らの居場所を感じることは難しい。彼女らは自らの行為を正当化しようとは思っていない。ただ彼女たちの存在は、日本が抱えている現代社会の陰の一端を示している。

「自分のことを大切にするってどういうことなのかな…。誰か教えてくれないかな…。」そう言ってさゆりは電話を切った。

– Ibasyo プロジェクトについて –

Ibasyoプロジェクトは、自傷行為をしている女性たちの生活を追ったドキュメンタリーと、彼女たちに届けるために世界中を巡った貸本のプロジェクトです。

ドキュメンタリー写真やフォトジャーナリズムと言われる分野の写真は、「人の不幸で飯を食っている」という批判がよくついてまわります。写真で被写体に何かできるのか。いくら理想をもって活動していても、簡単なことではありません。情報を広めるということが第一の目的であり、誰かに手を差し伸べることは写真の目的とは言えないかもしれません。この本は出版されるまでに長い時間がかかりました。 ある時、撮影していた当時に彼女たちが言ってくれた言葉を思い出しました。「撮られた写真を見ることで、自分自身を見つめなおしたい」撮影を始めた当初は、いつものように写真を広めることを頭の中に思い描いていましたが、彼女たちの言葉は、このプロジェクトにもう一つの目的を与えてくれました。

「被写体となってくれた人たちに直接何かできるプロジェクトになる可能性があるのではないか。」

撮影を進めていくと、彼女たちが子どもの時、または大人になってから遭ったトラウマが、彼女たちの自尊心を大きく傷つけたことを知るようになりました。誰しも自分のことはかわいいものですが、彼女たちは自分自身を受け入れられずに苦しんでいました。

傷ついた自尊心を取り戻すのは簡単なことではありません。でも、もし誰か他の人が、「彼女たちの存在を認識している」と、「彼女たちが知る」ことができたら。彼女たちが自尊心を回復させる過程で何か意味のあるものを作れないだろうか。そんな気持ちから、撮影した6人の女の子たちのためだけの本を作ることにしました。最終的に彼女たちに渡すためです。

本の半分は白紙にし、本を借りたいという人たちに無償で貸し出しました。借りた人には、彼女たちに何かメッセージを残してほしいとお願いしました。文字を書いてくれた人もいれば、絵を描いてくれた人、写真を貼り付けてくれた人、刺繍をしてくれた人など、文字通り世界中の人たちがそれぞれの方法で彼女たちに、メッセージを残してくれました。 3 年半の間に、北米、南米、アジア、ヨーロッパ、オーストラリア、アフリカと、南極以外のすべての大陸を本たちは巡り、300人以上がこのプジェクトに参加してくれました。

撮影させてもらった女の子たちの中には、すでに自傷行為から抜け出し、元気に生活している人もいますが、抜け出すにはもう少し時間のかかりそうな人もいます。 もしかしたら、少し上から目線に聞こえるかもしれませんが、彼女たちに「あなたは大切な存在ですよ」と感じてもらうことができたら、と考えました。

この本の最後に掲載されているものは、貸本プロジェクトに参加してくれた人達が寄せてくれたメッセージです。いわゆる普通のドキュメンタリー・ルポルタージュだけではなく、被写体となってくれた彼女たちが存在している社会にある「いたわり」のようなものが表現できればと思い、参加してくれた方達の許可を得た上で、それらのメッセージを掲載してあります。

岡原功祐

Ibasyo

¥3,080.00

在庫あり

判型:18.5 x 12 cm
頁数:380ページ ( 写真:88頁 + 文章:272頁)
製本:仮フランス装 / 天アンカット
発行年:2018
言語:日・英
印刷:日本
出版社:工作舎

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