Kosuke Okahara

Coca farmers stomp on coca leaves.. It takes 800 kilograms of coca leaves to make one kilogram of cocaine.
A coca farmer carries chemicals for making cocaine. Thhe rtruck into the jungle takes about five hours by horse.
Coca farmers prepare coca leaves to make cocaine. It takes 800 kilograms of coca leaves to make one kilogram of cocaine.
On the street of Bogota, one gram of cocaine costs less than $2. Many of young people from poor neighborhood are involved in drug business.
27 years old drug vender purchases drugs from a wholesales dealer in Bogota. The woman was arrested one month after this picture was taken.
27 years old drug vender divides cocaine for his customer. He has been working as a drug vender for 8 years.
27 years old drug vender sells cocaine for his customers. He has been working as a drug vender for 8 years.
Drug addicts in the crack house near downtown of Medellin, Colombia's second larget city. Nearly 200 addicts stay in this house.
Drug addicts in the crack house near downtown of Medellin, Colombia's second larget city. Nearly 200 addicts stay in this house.
Drug addicts in the crack house near downtown of Medellin, Colombia's second larget city. Nearly 200 addicts stay in this house.
A kid in the crack house near downtown of Medellin, Colombia's second larget city. He also consume crack. His mother stays in this house 7 days a week.
Mauricio, 21, demonstrate how he swallows heroin capsules for transport into the U.S. Drugmules are paid between 5,000 to 20,000 USD.
An X-ray of a mule caught at the Bogota airport. A mule might swallow upwards of 100 capsules, each containing 10 grams of cocaine or heroin. Approximate street value of the shipment in the U.S.; $100,000.
To catch drug mules, Bogota airport police pick passengers at random for an X-ray scan of their stomachs. Out of thousand passengers, they can only check 100 a day.
A man who lost his both arms when he was a child works at car factory in Barrio Triste where many drug addicts also live. His sister is in jail because of drug related crime.
Police officers patrol at night in Medellin in order to search for drug related criminals.
Street in Medellin
46 years old woman drug vender arrested near downtown Medellin, Colombia's second largest city. She is from small poor village and lives alone in poor neighborhood.
A prisoner sits in   La Badea Women's prison in Pereira, Colombia, where over 70% of inmates are serving time for offences related to drugs.
Babies of prisoners in the nursery  inside  La Badea Women's prison in Pereira, Colombia, where over 70% of inmates are serving time for offences related to drugs. Many of prisoner have children without husband.
A woman officer counts the number of prisoner in   La Badea Women's prison in Pereira, Colombia, where over 70% of inmates are serving time for offences related to drugs. Many of prisoner have children without husband.
Prisoners are dancing before they go to bed at 7:00 pm  in  La Badea Women's prison in Pereira, Colombia, where over 70% of inmates are serving time for offences related to drugs.

 

Dancing at the bottom

– People working at the bottom of the drug industry –

部屋にはエミネムの曲が流れている。5年前まだ学生だった頃、溜まり場になっていた高田馬場の友人の部屋で安酒を飲みながら同じ曲をよく聞いていたのを思い出す。ただ流れている音楽は同じでも、部屋に漂うのは酒の匂いではなく、マリファナの甘い香り。長居していると酒ではなく煙で酔ってしまう。それにここは高田馬場ではなくて、南米コロンビアの首都ボゴタ。

「久しぶり。いつコロンビアに来たんだ?」

そう言うジョンと1年ぶりに再会した。ジョンはボゴタに住む麻薬の売人。2年前ある地区の祭りに行くと、ヒップホップを歌っている目つきの悪い若者がいて、カメラに興味を示したのか「写真を撮ってくれ」と近寄ってきた。それがジョンだった。写真のお礼にと部屋に招かれ、その時彼が麻薬の売買で生計を立てていることを知った。人の良いジョンは毎回色々な情報をくれた。今回は麻薬を胃に飲み込んで国外に運び出す「運び屋」について、ジョンに聞きにきたところだった。

ベッドに寝かせているまだ2歳の娘の頭をなでながら

「直接誰か知っているわけではないけれど、ペレイラに行けば何か分かるかもしれないな。俺もお前がボゴタに帰ってくるまでに色々聞いておくよ」

ジョンはそう言って、気持ち良さそうにマリファナの煙を吐き出した。

 

コーヒーと美女、そして運び屋の町

ペレイラはコーヒーと美女、そして麻薬の運び屋で有名な町。ボゴタから飛行機で西に40分。東京から名古屋ほども離れていない。町に着くと、運び屋についての著書を持つ現地の大学のガルナ教授に会いに行き、彼の紹介でライターのルベーンダリオを紹介してもらった。

3日後、ルベーンダリオの指示通り、バスで1時間ほどの隣町サンタローサに向かった。運び屋について詳しい知識はなかったが、麻薬を体内に入れて運ぶということが大きなリスクを伴うことだけは想像できた。彼らはどのように、そして何を考えて運び屋になるのだろうか。

運び屋を手配しているというその男の名はフリアンと言った。ルベーンダリオから話が通っていたようで、フリアンは運び屋について説明を始めた。

運び屋を選ぶときは、まず友人や親類の中で金に困っている人間を探す。貧しい人間はいくらでもいるので容易に人は集まる。フリアンのような人間がアメリカやヨーロッパで運び屋たちを「受け取る」側の人間と連絡を取り、パスポートやビザの準備をし、実際に運び屋たちが詳しいフライト日を知るのは出発のわずか数日前。彼らは家族には秘密で旅立つという。フライトの4時間ほど前になると、アジトで麻薬の詰められたラテックス製のカプセルを飲み込み、空港へ向かうのだ。目的地は様々だが、ヘロインのほとんどはアメリカへ、コカインは8割がヨーロッパへ渡るという。フリアンたちのグループは主にヨーロッパへコカインを運んでいた。

フリアンも以前オランダで6年間「受け取り役」をしていた。空港で拾った運び屋たちをアジトに連れて行き、下剤を飲ませカプセルを排泄させる。そこでようやく運び屋たちは報酬を得ることができる。

一通り説明を終え、フリアンが言った。

「一人経験豊富な運び屋がいる。彼が2ヵ月後に運ぶから取材について聞いておこう」

その数日後、待ち合わせ場所のサンタローサのカフェに行くと、フリアンが中年太りの男と一緒に座っていた。8月中旬にマドリードに行くというその男はカルロスと名乗り、すんなり取材に応じてくれた。

話が終わると、バス停までついてきたフリアンが耳元でささやいた。

「今、日本とは取引していないんだ。いい金になる。どうだ?」

運び屋の受け入れを日本でやらないかという誘いだった、イエスとは言えないので、日本の麻薬業界には詳しくないと言いフリアンと別れた。

 

ラ・バデア女性刑務所

サンタローサからペレイラに戻ると、囚人の7割が麻薬に関する罪で収監されているという「ラ・バデア女性刑務所」へ向かった。英語を話す人の少ない南米だが、一人流暢な英語を話す囚人がいた。ジャネットという45歳のその女性は、看守の目を気にしながら自らの体験を話してくれた。

「私はニューヨークのブロンクスで育ったわ。幼い時に両親と一緒に渡ったの。18歳まで過ごして、マイアミに移住したわ」

その後ジャネットは結婚、二人の子供を授かった。子どもたちと過ごした時間はとても幸せだったという。そんなジャネットの生活が変わったのは10年前。コロンビアに帰国した際、知人を通じて運び屋をやらないかと言われ、金につられて麻薬を運んだ。

最初の仕事でジャネットは2万ドルの報酬を得る。多くの運び屋の報酬が1回5.000ドル程度であることを考えると、破格の値段だった。それでもアメリカでのヘロインの末端価格は1キロ10万ドル。金を払う雇い主たちにとって大した額ではない。

「ヘロインのカプセルを83個、1キロ弱かしらね。パナマ経由でマイアミに運んだの。飲み込むのは大変で、喉が腫れて痛かったわ。でもまったく怪しまれずに成功したの。ただ最初にうまくいきすぎたのが良くなかったのね」

ジャネットは5年前にまたコロンビアに戻った。親戚を訪れるためでもあったが、真の目的はヘロインを運ぶためだった。恐怖はあったが、前回同様成功するものと思っていた。無事コロンビアを出国しパナマ経由でマイアミに到着。しかしそこで見つかってしまう。

「挙動不審だと思われたのね。胃をレントゲン撮影されて、それでおしまい」

居住ビザを取り上げられ、刑務所に送られた。そこで40ヶ月過ごし強制送還された後、コロンビアでも刑務所に入れられてしまう。

あと半年で刑期が終わるジャネットは、マイアミにいる子どもたちに会いに行きたいという。ビザの問題もあるが、25歳になる息子がアメリカ軍で働いているので何とかなるのではないか、と希望を捨てていなかった。

夜7時になり消灯時間が迫った頃、鉄格子の向こう側にいるジャネットが

「日本人と会ったのは初めてなのよ。また来ることがあったら電話しなさい。あなた26歳でしょ。息子みたいなものよ」

と言ってペレイラの実家の電話番号を渡してくれた。

 

ジョン

金持ちや観光客が近づかない南部のシバテ地区で、ジョンは月40ドルの古いアパートに住んでいる。多くのコロンビア人と同じように月200ドル程度しか稼げないジョンにとっては決して安くない家賃だ。久々に会いに行くと、そこには松葉杖姿のジョンがいたので驚いてしまった。誰にやられたかはわからないが、取引の最中に銃弾を3発右脚に受けてしまったのだ。不自由そうにしていたが、夜には取引があるので出て行くという。

「一緒に来るか?」

と言うので、痛々しい姿の彼についていくことにした。

日も沈んだ夕方6時頃、一緒に町へ繰り出す。ボゴタの中でも19番通り界隈は治安が悪く、現地の人もあまり近寄らない。路地には売春婦がたむろし、麻薬の売人も多い。辺りを警戒しながら歩いていると、ジョンがある建物の一階に入っていった。あわててジョンの後に続く。少し待つと、奥から歳の頃40ほどの女性が出てきた。2人とも時間をかけたくないようで、彼女がジャケットの内ポケットからコカインを取り出すと同時にジョンも金を出す。時間にして数十秒。彼女はこちらを一瞬じろっと見たが、ジョンが何やら耳打ちするとすぐに奥に消えていった。

部屋に戻ると、撃たれた傷口を消毒しながらジョンが言った。

「明日客がくるから、今日は泊まっていけ」

翌朝目覚めると、体中が痒い。ボゴタにはノミが多いのだ。特に貧困地区には多く、体中が刺し傷で腫れあがっている。体をかいているとノック音が聞こえ、4人の男女が部屋に入ってきた。こちらを見て表情がこわばったが、この日本人は大丈夫だからとジョンが言い、彼らの表情が和らぐ。少し談笑した後、ジョンが昨晩仕入れたコカインを取り出した。いつものように部屋にはヒップホップが流れている。粉末のコカインを客の男女が鼻から吸い、刺激に酔いしれる。コカインを吸い終わるとマリファナを取り出し、けだるい空気が部屋に満ちていく。一通り吸い終わると客たちは金を置いて部屋から出ていった。

ジョンの仕入れ値はコカイン1グラム1ドルほど。ここでの売値は2ドルなので、ジョンにとっては1グラム1ドルの儲けになる。

夕方からはサッカーワールドカップの日本対ブラジル戦があった。日本が負けたその試合をテレビで見ながら、

「運び屋のコンタクトはまだ見つかっていないんだ。日本がブラジルに勝つくらい難しいかもしれないなぁ」

マリファナで酔った目でジョンが言った。

 

7月、一度日本に戻った。帰国中は週に2回、サンタローサのフリアンに確認の電話をかけたが、彼の返事はいつも決まっていた。

「大丈夫。8月中旬だ。それより日本での取引相手は見つかったか?」

 

8月10日、再びペレイラに飛び、すぐにフリアンに連絡を取りサンタローサへ向かったが、現れたフリアンの顔色が良くない。話をするために連れて行かれたのは何故かいつものカフェではなく、人目の少ない町外れの寂れた食堂だった。何か問題が起こったようだった。

「うちのグループの運び屋が2人、サンパウロで捕まった。それに今、ヨーロッパの空港の検査が厳しくなっているんだ。カルロスのスケジュールとルートを変更する」

8月上旬にロンドンで液体爆弾による航空機爆破未遂があったせいで、空港のセキュリティが世界中で強化されていた。確実に麻薬を運ぶためには、よりチェックの甘い時期とルートを選ばなければならない。フリアンは説明を始めた。スケジュールは2週間ずらして9月3日出発とし、ルートは隣国ベネズエラからポルトガルのリスボンに飛び、陸路でマドリードに向かうというものだった。

 

翌日、ボゴタに戻りジョンに連絡すると、疲れた声が聞こえてきた。

「お前が日本に帰っている間に留置場に入っていたんだ。俺はたまたま麻薬は持っていなかったから良かったけど、俺が取引をしていた女性を覚えているか?40歳くらいの。彼女は今頃刑務所だよ」

7月のある日、ジョンは取引のため19番通りに向かった。しかしそこにはDAS(秘密警察)がいて、その女性はちょうど逮捕されたところだった。ジョンはたまたま入ってきただけということで刑務所には送られなかったが、留置場で数日間すごす羽目になった。

「DASがあの場所を2ヶ月間も監視していたんだ。俺も見られていたと思うんだけど、刑務所送りにならなくてよかったよ」

 

運び屋の死

2週間後、ボゴタからサンタローサのフリアンに電話をすると

「また予定が狂ってしまった。もう取材には応じられない」

と一方的に拒絶された。彼らのグループの運び屋がベネズエラで死んでしまったという。これ以上失敗できないので、取材は難しいという。すぐにインターネットカフェに行きペレイラの地元紙のウェブサイトをチェックすると、「ベネズエラでペレイラ出身の運び屋が死亡」という8月23日付の記事が載っていた。コカインのカプセルが運び屋の胃の中で破裂し、急性中毒で死亡したという内容で、被害者は43歳のエドゥアルド・サパタという男性だった。

取材が振り出しに戻り途方にくれていると、「マイアミヘラルド」というアメリカの新聞社のウェブサイト上で見つけた記事のことをふと思い出した。「メデジンのマフィアたちが金のない老人に運び屋をさせている」というものだった。メデジンに行けば何か分かるかもしれない。

 

パパ・ジョバンニ

飛行機はボゴタを飛び立ってから1時間でメデジンに到着した。80年代、この街は麻薬戦争のため、毎日のように50人近くが犠牲となっていた。しかし93年、麻薬王パブロ・エスコバルの死を境にメデジンの麻薬カルテルは弱体化し、それ以来抗争も減っていった。現在この町の麻薬マフィアたちは、小さなグループに分かれて活動している。

メデジンでは地元紙の記者にパパ・ジョバンニを紹介してもらった。人殺しなどにも絡み、麻薬戦争当時から「伝説」と恐れられている反面、困って頼ってきた人たちに仕事の世話もしてやっていた。

「運び屋か。難しいが、不可能じゃない」

そう言うと電話を一本かけ、30分後にアルフレッドと名乗る男が現れた。英語を流暢に操るアルフレッドは以前DEA(麻薬取締局)で働いていた。そんな過去もありメデジンの麻薬業界に詳しいが、この町で生まれ育ったアルフレッドにとっては、親戚や友人が麻薬関係者という場合も少なくない。1週間で何とかすると言い残し、アルフレッドはスクーターで去っていった。

 

クラックハウス

アルフレッドを待っている間、パパ・ジョバンニが麻薬中毒者たちに会わせてやると案内してくれた。連れて行かれた家はメデジンのダウンタウンの一角にあった。200人以上がクラックを吸い、中は煙と混沌で満たされている。英語で言う「クラックハウス」だ

「下っ端の奴らはみな貧乏人だ。ここにいる中毒者たちも仕事がなくて人生に失望した人間ばかりだよ。麻薬は体には悪いけど、社会にとって本当に悪いことかなんて分からない。それがないと暮らせない人間が大勢いるんだ」

クラックハウスの中で、まだ10歳ほどの男の子が

「おい、ジャッキー・チェン。写真を撮ってよ」

と近づいてきた。東洋人を見るとジャッキー・チェンを想像するのだろうか。聞くと父親はおらず、クラック中毒の母親と一緒にこの家で暮らしているという。家庭が麻薬で崩れ、そのまま麻薬に染まってしまった子どもたちが町にはあふれていた。

 

運び屋

1週間後、アルフレッドから連絡があった。

「明後日の正午にパパ・ジョバンニのところで待っていろ。取材の了解が取れた」

2日後、指示通りパパ・ジョバンニと一緒に待っているとアルフレッドがスクーターでやってきた。後部座席に飛び乗る。見知らぬ路地を曲がりくねり、住宅街のアパートの前までやってきた。通された2階の部屋では、若い男がヘロインをラテックスに詰め、カプセルを作っていた。男の名はマウリシオ。21歳の彼はこれからアメリカにヘロインを運ぶところだという。もうほとんど準備を終え、最後の数カプセルを飲みこむところだった。

家族は祖母だけというマウリシオは、今までに二度ニューヨークにヘロインを運んだ。いずれも成功し、一度につき5000ドルの報酬を得た。月に200ドル得るのがやっとのコロンビアでは大金だ。

マウリシオは

「怖いけど、お金が必要だから。でもこれで運び屋をするのも最後だよ」

とつぶやき、最後のカプセルを飲み込んだ。30分もすると部屋を出るように言われたので、素直に従うことにした。最後にヘロインがどんなものか舐めてみろというので指先につけた粉を舌につけてみる。ひどい苦みが舌を刺激し、20分は消えなかった。

マウリシオはその数時間後のフライトでアメリカに向かった、と後になってアルフレッドから聞いた。

 

マウリシオが飛び立ってから3日後、友人の地元紙記者から電話がかかってきた。

「お前の居所をあいつらが探しているようだ。危ないからすぐに町を離れた方がいい」

マウリシオのボスがアパートの場所を知られたのを恐れているというのだ。予想外だった。町を離れるべきか迷っていると、取材中に知り合った麻薬捜査官からも

「君の事を探しているやつらがいる。早く町を出た方がいい」

と忠告されたので、焦って荷物をまとめ空港に向かった。

 

ボゴタに戻りジョンに運び屋の取材のことを話すと、ジョンも運び屋をしようと思ったことがあるという。しかしジョンは10代の頃に逮捕歴があるため、パスポートを取ることができないので無理だと残念そうに言った。

「運び屋は危険だけど、路上で麻薬を売るより割がいい。アメリカに運べば言葉も勉強できる。そうすれば英語で歌うこともできるんだけどな」

英語のヒップホップのCDに合わせ自らつけたスペイン語の歌詞で歌う彼は、知り合った2年前から「英語を勉強して歌詞を覚えたい」とささやかな夢を語っていた。

「運び屋をやれば娘にももう少し楽をさせられる。でも俺にはできないから麻薬を売るしかない。脚もこんなだし」

撃たれた脚をかばいながら、ジョンは「取引に行く」と言い、松葉杖をついていつものように日の落ちた薄暗いボゴタの町に消えていった。

 

10月のある日、ボゴタのエル・ドラド空港は出発を待つ客たちで賑わっていた。出国審査を終えると手荷物検査があり、その左手に見えるマジックミラーの向こうにはレントゲン室がある。警察は一日に100人ほどランダムに選び胃のレントゲン写真を撮るが、1万人近い乗客から運び屋を見つけるのは宝くじを当てるにひとしい。その場にいた検査官に聞いたが、最近運び屋が捕まったという話はなかった。

「怖いけど、お金が必要だから」

そう言ったマウリシオは命を落とすことなく5000ドルを受け取り、帰路につけただろうか。

搭乗ゲートの中に消えていく乗客の中にもきっと、ジャネットやマウリシオのような運び屋がいるのだろう。

希望と恐怖の狭間でゆれる彼らを乗せて、何便もの飛行機がこの日もアメリカやヨーロッパへ飛び立っていった。